まず、材木屋の私が、なぜ福祉用具の仕事を始めたかを、お話したいと思います。
おやじが介護のご厄介になる状態になってきた時、知人から“福祉用具専門相談員”という資格を教えてもらいました。「それって何?」初めて聞く資格に戸惑いました。
「講習を聞けば習得できる資格だから、取ると良いよ」と言われるまま 講習を受けに行きました。事業所を開設するには、2人要ると言う事で家内と2人で行くことにしました。講習初回、熱があり苦しむ家内にも関わらず、一緒に参加したところから、私達の福祉用具専門相談員への道が始まりました。
今まで、家内よりおやじの病気のことなど、いろいろ言われて少しは解っているつもりでしたが、病気のこと、老人の心理、便利な道具、今まで目に入らなかった事が、どんどん視野に飛び込んできます。
介護の世界は、材木業界とは全く畑違いの未知なる世界でした。
折りしも、リフォームの仕事でも介護リフォームが増え、お施主様から「ベットがほしい」とか「スロープにしたい」とかの声を聞き、世間でのニーズも感じていました。
皆様のお役に立ち、おやじの余生に少しでも役立てばと思い、
グレースケアを立ち上げました。
私は、おやじに「常々出来る事は自分で、出来ない事は手伝うから」と自立を促してきました。おやじも、「なるべく人の厄介にならず、自分の事は自分で自由で居たい」と言っています。老いと共に、不便・危険と感じる我が家でも、住み慣れた住まいで安心して暮らせることを望んでいました。
福祉用具の勉強をして、おやじがもっと快適に過ごせるようにといろいろ試して見ました。おやじが実験台の様ですが、いろいろ気づきました。まず、布団では大変なので ベットは使っていたのですが、ありあわせのもので、不便でした。そこで、ベットの高さを おやじの立ち上がりやすい高さにかさ上げしてみました。また、手すりを置いてみました。おやじは「起き上がりやすくなった。」と、とても喜んでました。チョッと便利にすると毎日の負担が軽くなり、活力も沸いてくるように見えました。
起き上がりが苦痛になってくると、起きなければならないとき以外、起きることなくだんだん寝たきりになるんだな~~と感じました。
そんなある日、事件がおきました。
おやじが、明け方に大きな叫び声が、なんと風呂場から聞こえてきたのです。おやじが、私が気づかない間に、一人で勝手に入って動けなくなっていました。
心臓が、バクバクいってるし、顔色も真っ赤で、おまけにブルブルと震えていました。裸のおやじを、なんとか部屋まで、連れて行く。大騒動でした。
いよいよ家族だけでは、対応できなくなってきたという思いを感じました。
おやじは、介護保険はとっくに申請できる状態でしたが、“生き生きデイサービス”に行くのを楽しみにしていました。両方のサービスを受けることは出来なかったので介護保険の申請をためらっていたのです。
そんな中、救急車事件が勃発。
おやじの大好きなコーヒー屋さんの前で転倒し、街路樹に顔面強打したようで、顔面血だらけのおやじ。心配した喫茶店のママが救急車を呼んで下さったのでした。喫茶店のママから電話があり、家内が病院まで飛んで行きました。幸い、転んだだけで大事には至りませんでしたが、もう限界です。
私は介護保険の申請を決意しました。
こうして、おやじの介護保険の申請とグレースケアの事業所開設とが同時にスタートしました。
おやじに、少しでも快適に暮らせて、今出来ることを出来るだけいつまでも自分で出来るようにしてあげたい。これが、グレースケアの原点です。
その思いをすべての利用者の皆様を、おやじと思って、
「楽になった~~!」とか、
「お風呂に入るのが楽しみになった!」とか
「段差がなくなって転ばなくなった
安心して毎日を送ることが出来るお手伝いをしていきたいと思っております。
(株)グレースケア 代表取締役 木村 考政
